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Cross Talk 7<啓林館>紙とデジタルを融合したAI教材の開発

小学校から高校向けに、理数系および英語の教科書・教材を発刊している新興出版社啓林館。学習指導要領の改訂に合わせ、教科書にリンクしたデジタル教材「AIチューター・ゼロ」をリリースされました。同アプリの開発の裏側やプラスゼロだからこそ実現した機能性などについて、お話を伺いました。

株式会社新興出版社啓林館
数学編集部部長
濱崎 展行
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株式会社pluszero
取締役副社長 博士(情報理工学)
永田 基樹

教育とAI、二つの知見を持つプラスゼロだからこそスムーズだった

株式会社新興出版社啓林館 数学編集部部長・濱崎展行様(以下、啓林館・濱崎)

啓林館は小学校から高校までの算数・数学・英語の教科書や教材を出版発刊しております。私たちの強みは、教育現場を小中高通じてよく知っていることです。教育業界も大きく変わりつつあることも受け、新たな取り組みに挑戦しました。その強みを活かしたデジタル教材を出したいと考えました。

数学は知識技能に加え、思考力・判断力・表現力、それから主体的な学びという学力3要素にどれだけ効率よく取り組んでいくかが大切です。そこにデジタルを加味していく場合、どのように取り組めばいいのかが最初の悩みでしたが、私たちが今までやってきた紙媒体の教材と融合できれば、強みを活かしたアプリ・デジタル教材が開発できるのではないかと思いました。そんな取り組みができるところはないかと考えていたところ、プラスゼロさまに出会いました。
株式会社pluszero 取締役副社長・永田(以下、pluszero・永田)

弊社の前身となる会社で教育関連の業務を手がけていたことをきっかけに、「教育にAIやITといった我々の技術を活用できないか」とお話をさせていただきました。
啓林館・濱崎

昨今の教育現場の大きな変化として3つのポイントがあげられます。ひとつはデジタル化です。今までは学習というと紙でやるものが主でしたが、タブレットも一人一台という状況がここ数年で加速し、今後は紙にデジタルをどう加えていくかがポイントになっています。

2つ目は、学習の3観点としての変化です。3観点には「知識技能」「思考力・判断力・表現力」「主体的な学びに向かう姿勢」がありますが、今まではどちらかというと知識技能のところに偏重しがちでした。しかしそれでは社会に出てから活かされないという課題が出てきたことで、生徒自身が自分で考えてそれを活用する方に重きを置かれるようになり、「思考力・判断力・表現力」をより重視するようになってきました。

3つ目は大学入試が大きく変わってきたこと。30年間、続いていたセンター試験に代わって共通テストが始まり、読み取る力・考える力が必要になってきました。今はそんな移り変わりのちょうど転換期にあり、いかにデジタルに移行していくかが重要な一方、学校現場のインフラ整備が追いつかない部分もあり、デジタルに急変換するのも難しい側面があります。教材は紙で進めつつ、デジタルでもやるという融合的な教材の必要性は、転換期だからこそ求められていますし、個別最適な学習が望まれる中で、プラスゼロさまはAI、そして教育業界の経験という両方の強みを持っていらっしゃいました。
pluszero・永田

もともと代表の小代、それから私や複数のメンバーが前身の会社で学習塾を開いていたことがあり、教育経験を有していました。その経験とAIを組み合わせることでお力になれるのではないかと感じました。
啓林館・濱崎

結果的に双方が持つ強みを生かして作ろうと思えたのは、塾を経営していらした小代さんとお話できたことも大きかったです。弊社の「先生方をサポートし、かつ生徒さんの課題解決できるものを作りたい」という想いがタイミングよく合致しましたし、一般的なIT企業ではなかなか理解されない共通言語が、すっと分かり合えました。
pluszero・永田

AIチューター・ゼロの提案する問題の質は、教育現場を熟知され、長年カリキュラムを作ってこられた啓林館さまだからこそ実現したと思います。そしてどの問題を提案するかという機能性は、啓林館さま、学校の先生、塾講師の経験者である我々、つまり教育に勘所があるメンバーがコラボしたからこそできたものだと思います。

問題が持つ本質的な要素のラベル付けによって、個別最適化が実現

啓林館・濱崎

大学入試も大きく変わりつつある今、「生徒がどれだけ考えられるか」に時間を割くことが重視されています。しかし高校数学はやることも多く、なかなかそこに時間が割けない。その中で何を効率よくすればいいかを考えると“知識技能”になるんです。これまで反復演習に割いていた時間をいかに効率よくし、苦手を克服するかが必要になってくる。限られた時間の中で、時間効率をよくするところと時間を割くところのメリハリをつけるための方法として、どの部分の効率を上げるかがよく議論になったことを覚えています。

反復学習が何で、何が考えることなのか、そして途中経過には「考えることを読み取る作業」が大事ということを、プラスゼロさまは肌感で分かっていたからこそそのような議論ができたのだと思います。
pluszero・永田

間違えた問題に基づいて提案する仕組みでよくあるのが、過去の学習履歴と成績をAIが学習して提案を行うという形。しかしその仕組みでは、どうしても勉強が得意な生徒のやり方を真似るAIになりがちです。そうすると勉強が苦手な生徒さんが、“本当に取り組むべき問題”をしっかり提案することが難しくなってしまいます。

それに対し、AIチューター・ゼロでは各問題の要素をラベル付けすることによって、問題を間違えたときの原因は何かをAIが自動で特定できるようになり、それによって勉強が苦手な生徒さんでも自分にとって必要なことを学べる点が大きなメリットです。
啓林館・濱崎

そこは確かに大きなポイントです。問題をレコメンドする機能は数多くありますが、ほとんどは類題が出てそれを反復する形だと思います。しかし学習が苦手な生徒さんは、間違えた問題と同じような問題を解いてもどこで間違えたかが分からない。間違えたことがわからないまま同じ問題を解いても、結局また間違えるといった反復をしていく中で、答えは覚えられても本質的な理解はできません。そしてそれが数学嫌いにつながってしまうのです。

数学の問題は色々な要素が組み合わされているため、問題を解くためにはそれらの要素を理解していることが前提となります。今回、効率よく知識技能を身につけるという発想から、AIを使ってその子が苦手な箇所は何かを探っていく仕組みに落とし込んでいます。その問題ができれば、今の問題も解けるようになるんだよと提示できることで、数学が苦手な子たちの理解が深まるアプリになったのではないかと自負しています。

例えば数学1では標準的な「二次関数の最大・最小」の問題の場合、そこを間違えた子たちに同じような問題を解かせても間違えた原因は様々です。AIチューター・ゼロでは、ラベルから分析して「ここで間違えたから、あなたはこれをやるといいですよ」と提示されるのが二次方程式かもしれないし、因数分解かもしれない。生徒側からするとなぜその問題が提示されたかわからないかもしれませんが、その問題を解くことで元々間違えていた二次関数の最大・最小が解けるようになる経験が積めます。

単に類題をやって慣れるのではなく、間違えたところやつまずいたポイントを押さえ、間違ったところをカバーする。そのためにはこの問題を解きましょうというリコメンドを実現している点がAIチューター・ゼロの最大の特長です。

一気通貫体制と高いOCR技術によって、スピーディに開発

啓林館・濱崎

プラスゼロさまに塾講師の経験があったことと、私たちが学校現場をよく知っている教育出版社であることという、それぞれの強みが生かせました。共通言語が非常に多く、一から全部を説明しなくてもニュアンスで伝わりやすかったことは、短期間で作らなければいけなかった中で重要でした。それがなければ、もしかしたら今まだ形になっていなかったかもしれませんね。
pluszero・永田

AIチューター・ゼロは、OCR技術を用いて生徒さんが間違えた問題を読み取る仕組みを取っており、弊社の強みが総合的に生かされたと実感しています。同じエンジンを投入するにしても読み取る対象によって精度は全く変わってきますが、弊社自らどういう設計にするかというところから検討を行い、長年OCRで培った経験を生かしたことで精度を高めています。
また、学校の先生向けの画面の開発、問題の要素をラベル付けする開発、ラベル付けを元にリコメンドする仕組みの開発、さらにOCR機能まで一気通貫で開発できたことで、スピーディな開発につながりました。
啓林館・濱崎

令和4年度の4月から高校数学が新しいカリキュラムに変わるのをきっかけに開発がスタートしたため、リリースは令和4年2月末と予め決まっていました。開発期間は1年間と決して長くはなかったのですが、ゴールに向けてプラスゼロさまの強みと良さ、スピーディさを活かしていただいたと思います。
これまでのデジタル教材と違うのは、紙媒体の教材とデジタルをつなぐ融合的なアプリである点だと思っていますが、4月から実際に使われ始めることで、どういう反応があるか、楽しみな反面、少々不安な部分もあります。しかしどんどん使われだされることで色々な声が出てくると思いますので、それらの意見をもとに改善も図っていきたいと思っています。
pluszero・永田

数学の問題に含まれる本質的な情報を理解できる点は本アプリの大きな特長ですが、それには「言葉が持つ本質的な意味」への弊社のこれまでの研究開発の成果が生きていると考えております。
啓林館・濱崎

本質的な意味については、私たちも教材作りの中で常に考えております。数学は、最終的な答えを求めればいいと思われがちですが、入試やテストが変わり様々な問題に対応していくことが求められていることを考えると、最終解を求めるよりも、いかに途中経過の考えを順序立てて論理的に展開できるか、そのことこそが本質だと思います。

その力をどう身に付けるかといえば、論理的な流れに組み込まれているものが何なのかを理解していないと流れがブレてしまう。今回のアプリ開発におけるラベル付けは、最終的には一つひとつをきちっと理解し積み重ねることで答えが出てきていることを生徒に把握させる意味でも欠かせなかったのです。その仕組みにより、同じ「わかる」でも全然違うことじゃないかなと思いますし、アプリを使うことで、自然とその要素を論理立てた学習ができるのではないかなと考えています。

AIチューター・ゼロは、数学の本質を理解するための“知識技能”を効率よく学習するためのアプリではありますが、結果的に子ども達が本質を理解し活用する一番の近道になると思います。また、そうすることで子どもたちの知識習得の幅も広げられるはずです。

今回は高校数学でのスタートではありますが、私たちは理科や英語の教科書も手がけています。そういった横のつながりにも広げていきたいですし、小学校・中学校といった縦方向にも広げていくことで、このアプリの最大の特長である“ラベル付けによるリコメンド機能”の良さが発揮できると考えています。縦のつながりと横のつながりを組み合わせる形で、どんどん広がりを持たせていって大きなアプリに成長していくといいなと思います。
pluszero・永田

プラスゼロでは、人間のように言葉の意味を理解するAI開発に取り組んでおり、その中には読み手の興味や理解度に応じて文章を言い換える“パーソナライズ要約”という技術もあります。それを教育に活かし、生徒の理解度や興味に合わせて文章を出し分け、個別学習を最適化していくように応用していけるとさらに素晴らしい教材ができるのではないでしょうか。
対談の詳細はこちらからご覧いただけます。